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ありがとう! [華の日常]


2012年9月7日(金)22時15分、
華が旅立ちました。
15歳と1ヵ月でした。

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8/4に星ヶ丘の
Dog Deptさんで
撮っていただいた

9月いっぱいお店に飾ってあるというので
9/17(敬老の日)に
華と一緒に
行く予定だったのですが
叶いませんでした。









年齢的にも、
持っていた疾病(肝臓腎臓、腸炎など)の数値的にも
お別れがそう遠いことではない、と覚悟はしていました。
けれど、
「この夏を越えてくれれば、
 秋から冬にまた元気にお出掛けできる」
ーーとも思っていました。

それだけに、
8月下旬から亡くなるまでの2週間、
症状が一気に吹き出すかのようだった日々は強烈で、
お葬式をして荼毘に付した後も
呆然としていました。

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そういう中、
かつて一緒にレースに行った“華の同志”
地元や出先で一緒に遊んでくれた“華のお友達”から
温かいメッセージとお花をいただきました。
日替わりで次々にきれいな花が届き
小さな祭壇の周りを埋めていく日々に
悲しかった気持ちを、どれだけ慰めされたかわかりません。
この場を借りて、
本当にありがとうございました。


※以下は、8月下旬から亡くなるまでの様子です。
 少々長くなってしまいました。


夏の初め頃から
赤血球や血小板の値が不安定になってはいたものの、
15歳の誕生日の頃までは、それなりに安定した老犬生活でした。

それが、お盆の頃から食欲がガクンと落ち
いつもの
「(療養食に)美味しいものをトッピングせよ」
というワガママかと思い、
アレルギーをにらみながら
あの手この手で食べさせる努力をしていました。

けれど、今回ばかりは違っていました。

「食べないことには体力が保たない!」
シーチキンの水煮をトッピング。
わが家では、
華が食欲を見せて食べる姿を「ガッツ食い」と呼んでいましたが
これが最後のガッツ食いでした。

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8月25日(土)の
ランチタイム















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8/25(土)
ドライシャンプーで
身体をキレイに。

食欲減退ながら
見た目は
まだ元気でした。











8月最終週
夜中や明け方に何度もトイレに駆け込んで
軟便をするようになりました。
リンパ球性腸炎の再発を疑って、フードの切り替えを考えたのですが
ホームドクターの指示で8月29日に血液検査。

夏の初めから不安定だった赤血球や血小板、
そして、肝臓・腎臓の値は維持又は上向きだったのですが
念のために、血糖値も出してもらったところ
最低ラインの50を大きく下回る30!
危急な状態であると判明。

低血糖は脳に影響を与え、
自制が効かなくなるなど様々な症状が出る可能性があるため、
「血糖値を上げること」が最優先課題に。

8月31日、9月1日と、
ゆであずきや
華が好きなパン(アンパン、メロンパンなど甘いもの)をあげてみると、
バクバク食べました。

けれど、食欲(食べる意欲)はここまで。
9月1日朝の “メロンパン(半分)のグラニュー糖かけ” を最後に、
以降、食べ物は一切拒否するようになりました。
そのため、
血糖値を上げるために(ホームドクターのアドバイスで)
濃い砂糖水をスポイトで口に流し込むことに。

この週末から、華姉・リスボン・華母の3人で
交代で夜中の添い寝が始まりました。

9月1、2日は、まだ自力で立ち上がってトイレに行っていました。
少し足取りが危うかったので
グラリ、としたら人間がサポート。
でも、オシッコが出なくなりました
食べてもいないのに軟便は少しずつ続き、
トイレでぐるぐる回っているうちに、何度も吐きそうになります

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9/2の華。














 
9月3日(月)の夜
ホームドクターの元へ。
「食べない、(オシッコ)出ない」
家ではぐったりしていたのですが
病院に着くと、目をキョロキョロさせて元気な表情に。
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休診の週末も
ホームドクターは朝晩と
電話を下さいました。

この顔と
周囲への興味・関心丸出しの
いつもの姿に
ホームドクターも
「思ったより
 元気そうだね」と。




この日の血液検査の結果、
血糖値は120に跳ね上がっていてホッとしたものの
今度は腎臓の値が急激に悪化
生理食塩水の点滴とビタミン注射を受けて帰宅。
体重は、8.7キロ

腎臓がもう少し頑張ってくれれば、点滴で尿が出るはず。
それに望みをかけつつも、
さらにこのまま悪化することも覚悟して
採取した血液で余った分は
最後の最後に“苦しみを軽減する” ーー
そのために必要な検査に使っていただくよう、
ホームドクターにお任せしました。
(ステロイドの使用判断など)

華は、
病院ではしっかり立って歩いて見せたのに
家に帰ると、
立ち上がらせても、前脚がうまく動かせなくなっていました。

9月4日(火)
この日もオシッコは出ず
トイレに目を向けて
「行きたい」と、何度もアイコンタクトで意思表示。
抱きかかえて立たせ、サポートすると
トイレに向かっていくのですが
出るのは、腸の壁に残っていたタール状の軟便くらい。
疲れ果てて、また自分の場所に戻るーー
そんな繰り返しでした。

自力で、四本足で歩けなくなった華のために
リスボンが
特製のサポートベルト(吊り上げサポート)を作りました。

前日とは180度様子が変わって元気がなくなり、
夜、ホームドクターの元へ行っても
診察台の上でぐったり横たわっていました。

目や舌、耳に黄疸の症状が出てきました。
腎臓の機能が、限界に来ているようです。
うまくいけば、点滴を3日ほど続ける予定だったのですが、
先生の口から初めて
「大変難しいかもしれませんね」との言葉が出ました。
( ↑ 突き放す言い方ではなく、私たち家族との信頼関係あっての言葉です)

ただ、痛みなどに対する華の反応は正常。
一気に、脊椎の変形からくる神経のトラブルが出てきたようですが
まだマヒ状態ではないので、
「尿意は覚えているはず」とのこと。
抗生物質と弱いステロイドを注射していただき、帰宅。


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冷んやりシートの上に
トイレシートを
敷き詰めました。
「オシッコ、
 早く出ますように」















9月5日(水)
この日もオシッコが出ず、絶望的な気持ちに。

華は、前夜、病院から戻ってから少し元気が出て(?)、
横たわりながらも
四肢はバタバタと動き、
リスボン特製のベルトでサポートすれば自力で歩けます。

前日、病院を後にするときは
「もう訪れることもないだろうな…」と思いましたが、
少し元気を見せている華の様子を電話で話すと
「連れてきてください」と、先生。

病院での華は、前日よりは元気で
診察台の上で、ずっと上体を起こしていました。
先生によると
肝臓のことを考えてこれまで使用を我慢していた
ステロイドが効いたのでは、とのこと。
この日は、前日より少し強めのステロイドを注射していただきました。

「あとは食欲が出るといいのだけど…。
 ステロイドも投与しているので、腸炎は怖くない。
 この際だから、何でも食べさせてみて」
ーーと言われました。

でも、華はもう、食べることを忘れてしまったようでした。

オシッコが出るように、
この日も先生が膀胱をマッサージ。
自力で出したい、という気持ちはあるようなので
滑らず、長年慣れたところで試してみようと
帰宅して、庭に降ろしました。
すると
数日ぶりに滝のようなオシッコ
(これが最後のオシッコでした)

けれど、どこまで華には試練が与えられるのかーー

夜に胃拡張を起こしました
横たわって
嘔吐(えず)きながら胃を膨らませていましたが、
夜中(よるじゅう)見守り、体を起こすサポートをしていると
なんとか明け方に収束。
華は、これですっかり体力を使い果たしたようでした。

9月6日(木)
この間(かん)、まったく声を発しなかった華が、
水を欲しがって鳴きました

まともに食べなくなって久しく、
胃の働きが落ちているので、少量の水でも受けつけられない様子。
「胃拡張が起きたのも水のせいかも…」と、水を制限していました。
ずーっとエアコンの効いた部屋で寝ている華。
のどが渇き、水を欲するのですが、
胃拡張の再発が怖くて、“5ぺろ” くらいしかあげられません.
(それでもむせてしまう)

背中か、内臓が痛むのか
寝た状態で、手脚をバタバタさせるようになりました。
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親バカかもしれませんが、
最期まで
シッポの先まで
毛並みはキレイでした。
(9/6午後)











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9/6午後
リスボンと。













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9/6午後
華姉と。














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9/6午後3時すぎ。
「トイレに行きたい」
と、目線で訴えるので
トイレへ。

最後まで、
「トイレは自分の脚で行く!」
ーーを貫こうとした華。
「寝たまましてもいいんだよ」
と言っても、
臨終の直前まで
寝床ですることはありませんでした。


リスボンが4日に
バスタオル2枚+タオルで
急遽作ったサポートタオルが
少しは役立ちました。





6日から7日にかけての夜中、
首を起こしていることも出来なくなり
寝ているのもしんどそうだったので
冷んやりシートとトイレシートを敷き詰めた
無圧ベッドに移動。
「寝たきりになったら…」と考えていたベッド。
華は、30分くらいベッドで眠った以外、
一睡もしなかったと思います。

9月7日(金)
水を飲めなくなった華のために
華姉が
カキ氷を買ってきました。
舌を動かすこともままならない華でしたが、
カキ氷に気づくと
舌を動かして、美味しそうに食べてくれました。
これが最後の食事でした。

次第に吐き出す息が冷たくなってきました。
唾液を飲み込む力もない状態。
それをかき出してあげたり、
口の横から出てしまった舌を湿らせてあげたり。
お別れが近づいていることを感じて
ずっと華のそばにいました。

寝ていること自体が、苦しそうで辛そうで。
体位変換を求めて鳴いたり、脚をバタバタさせたり。
その間隔が、だんだん短くなってきました。

夜22時すぎ、
華の耳と目の辺りで、
骨がすり合うような
カチ、カチ、カチという微かな音がしたな、と思ったら
4〜5秒おきくらいに、3度ほど息を吐き出しました。
そのあと
呼吸が止まりました。
心臓はまだ動いていましたが、
徐々にその鼓動も弱くなっていき
22時15分、ついにすべてが止まりました

静かに、眠るように、逝きました。
安らかな顔でした。

最期の瞬間まで
「華、ありがとう。
 楽しい時間を本当に、ありがとうね」
――と言いながら、
家族で見送ることができたのは、幸せでした。

その晩は、華も一緒にみんなで集まって寝ました。
考えてみたら、
旅先以外に、自宅でこうやってみんなで寝るのは
最初で最後だったね、華ちゃん。

翌9月8日(土)の午前中。
つらい思いをふりしぼって、葬儀の手配を済ませた直後、
電話が鳴りました。
ホームドクターからでした。
落ち着いたら連絡をしようと思っていたのですが、
最後まで、華を気遣っていただいていました。
亡くなったことを伝えると
「15年診させていただいてありがとうございました」と。

わが家は15年間、同じ先生・看護師さんに診ていただきました。
幸せな子だったな、と思います。
華は、子犬の頃から先生が大好きでした。

次に、玄関のチャイムが鳴りました。
わが家が、華と一緒に10年間お世話になっている
八ヶ岳南麓(大泉)の「ペンション銀の道」さんから届いた
高原野菜と手作りジャムでした(毎年、夏に送って下さいます)。
偶然とはいえ
八ヶ岳南麓が大好きだった華
そこで採れたお野菜をお供えして、
送ってあげることができました。

華は「トウモロコシ」が大好きでした。
ペンション銀の道さんの「とうきびがり」にも2度参加。
“本当のお別れ” の時間までカウントダウンの中、
華と一緒の空間で最後に食べた食事は
八ヶ岳から届いた甘い甘いとうもろこしでした。

※みんなに知らせてくれたジョナさんはじめ、
 早々にメールやお花をいただいた皆さん。
 ありがとうございました。
 個別に御礼が出来なくてごめんなさい。

※読んでいただいてありがとうございます。
 華と仲良くしてくださったみなさん、
 華と一度でも会ったことのある皆さん、
 このブログを読んでいただいていた皆さん、
 よろしければ、華に手向ける
 お言葉を残していただけると嬉しいです。


※以下、八ヶ岳南麓産のお野菜をお供えした亡骸の写真です。
 きれいな姿ですので、よろしければご覧ください。
 
(苦手な方、悲しいことを思い出しそうな方は
  無理しないでくださいね)

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